観光や旅行業界でも、サステナブルな観光や旅行である「サステナブルツーリズム」が注目されています。その定義をもとにエコツーリズムやグリーンツーリズムとの違い、効果や課題、国際認証の基準、日本国内・海外の事例までわかりやすく解説します!
目次
サステナブルツーリズムとは?
国連世界観光機関(UNWTO)では、サステナブルツーリズムを「訪問客、産業、環境、受け入れ地域の需要に適合しつつ、現在と未来の環境、社会文化、経済への影響に十分配慮した観光」と定義しています。
日本政府観光局(JNTO)はさらにこれを噛み砕いて、サステナブルツーリズムに対する考え方を以下の3つに分けています。
・地域の「環境」を守る・育む
・地域の「文化」を守る・育む
・地域の「経済」を守る・育む
地域の「環境」を守る・育むということは、自然や生物などの環境資源を観光に活用すると同時に、観光客が訪れることで自然や生物多様性を保全することを指します。
地域の「文化」を守る・育むということは、地域の伝統や文化資産を発信し、外国人観光客に体験していただくこと等を通じて、伝統や文化の保存や継承に観光が貢献することを指します。
地域の「経済」を守る・育むということは、観光をきっかけに人を誘致し、滞在してもらうことで経済効果を生み出すことを表しています。人の移動や滞在だけでなく、その土地の特産物の購入などもこの意味合いに含んでいます。
(引用・参照元:日本政府観光局)
エコツーリズム、グリーンツーリズムと何が違うの?
サステナブルツーリズムと並んで、エコツーリズムやグリーンツーリズムという言葉も耳にすることがあるのではないでしょうか。これらはどのような定義で、サステナブルツーリズムとはどのような違いがあるのか、解説していきます。
エコツーリズムとは
環境省は、エコツーリズムを以下のように定義しています。
地域ぐるみで自然環境や歴史文化など、地域固有の魅力を観光客に伝えることにより、その価値や大切さが理解され、保全につながっていくことを目指していく仕組みです。観光客に地域の資源を伝えることによって、地域の住民も自分たちの資源の価値を再認識し、地域の観光のオリジナリティが高まり、活性化させるだけでなく、地域のこのような一連の取り組みによって地域社会そのものが活性化されていくと考えられます。
(引用元:環境省)
つまり、地域の自然や歴史や文化を保護・伝承しつつ、経済効果を生み出し、地元住人及び観光客が地域資源への理解や認識が促進させられる旅のことを表します。
グリーンツーリズムとは
グリーンツーリズムは、農村を活性化させるための施策のひとつで、農村や漁村に滞在し、自然や文化、人と触れ合うことを目的とする観光のことを指します。
地方創生のような意味合いが強く、産業への理解や活性化、地元との触れ合いが目的とされています。
エコツーリズムとグリーンツーリズムの違い
ここまでで解説した、サステナブルツーリズム、エコツーリズム、グリーンツーリズム。これら3つの言葉を聞いただけでは似たようなものをイメージしますが、それぞれは目的や置かれた焦点が異なります。
サステナブルツーリズムは、エコツーリズムやグリーンツーリズムよりも広い範囲の観光について適応していく施策で、環境や暮らしなどに配慮した観光の形にしていくことでマイナスの影響を減らしていくことを目的としています。
エコツーリズムは、より環境保全や自然、文化的価値に焦点が置かれており、保全や継承が目的とされています。
グリーンツーリズムは、他のふたつに比べてより具体的で、農村部の活性化を目的とし、余暇を使っての農業体験や現地の暮らし体験に近いものを指します。
既存の観光業界における課題・問題点
サステイナブルツーリズムのメリットやデメリットを知る前に、まずは既存の観光業界の課題や問題点を見てみましょう。
観光業界における課題や問題点を知るためには、「マスツーリズム」「オーバーツーリズム」という言葉がキーワードとなります。
まず、「マスツーリズム」とは「観光の大衆化」という意味で使われます。戦前は特権階級の富裕層のみが観光や旅行というものを楽しむことができましたが、戦後はより一般化し、誰もが旅行に行けるようになりました。
この言葉だけを見聞きすると、大変ポジティブな意味合いにとれますが、近年では「このマスツーリズムによって弊害が起きている」という文脈でこの言葉が使われることが多くあります。
その弊害はマスツーリズムによって、観光地が受け入れ切れなくなるほど、多くの観光客が観光地に訪れていることに起因しており、このように観光客が過多になっていることを「オーバーツーリズム」と言います。
オーバーツーリズムによる弊害の事例として、以下のものが挙げられます。
・建設や汚染による環境破壊
・犯罪発生
・観光に最適化するために地域の文化や暮らしが変容する
それぞれ、具体的な例を挙げていきましょう。
建設や汚染による環破壊境
観光客が多く来ることにより、ゴミが増え、ビーチや世界遺産などが管理しきれないほど汚染される例が挙げられます。フィリピンのボラカイ島では2012年には47万人だった観光客が、2017年には200万人に急増し、海の汚染が進みました。それにより、島への観光客受け入れを半年間停止し、環境改善のために様々なシステムが整備されました。
犯罪発生
観光客を標的としたぼったくりやスリ、詐欺などの犯罪行為が横行しています。外務省ホームページなどでも注意喚起がされるなど、全世界的に起きています。
日本は特に治安が良く、突然の窃盗などは少ないですが、海外の地域によっては歩きスマホやポケットに財布を入れているだけで狙われやすくなります。
観光に最適化するために地域の文化や暮らしが変容する
イタリアのベネチアでは、観光客が増えたことにより、地元住民が住み続けられなくなる事態が発生しています。宿泊施設の急増による土地や家賃の値上がり、排水による汚染などが原因となっています。
このような事態に対応するため、サステナブルツーリズムに注目が集まっており、さまざまな取り組みが行われるようになっています。
サステナブルツーリズムのメリット・特徴
では、よりサステナブルツーリズムを理解していくために、メリットや特徴についてみていきましょう。
サステナブルツーリズムのメリット
サステナブルツーリズムのメリットとして、以下の2つが挙げられます。
・自然や地域文化に配慮できる
・これからの需要に対応できる
まず、「自然や地域文化に配慮できる」という面については、いうまでもありません。観光のみならず現代の人間の生活のほとんど全てが環境破壊に関わっています。少しでも配慮することにより、地球温暖化や汚染の促進に歯止めをかける一存となります。
「これからの需要に対応できる」という面については、旅行会社をはじめとした観光業回の方にとっての大きなメリットです。
大手ホテル予約サイトのBooking.comの調査によると、サステナブルな旅行に対する関心は高まっており、82%が「旅行においてサステナビリティが非常に重要だ」と答えています。(参照元:Booking.com)
世界ではそれ以上にサステナブルツーリズムへの関心が高く、今後需要は高まると考えられます。ただの観光、ただの滞在だけでなく、環境破壊をせず、地域文化に貢献できるスタイルの旅が求められることになるでしょう。
サステナブルツーリズムの特徴
サステナブルツーリズムの主な特徴について、はじめに挙げた日本政府観光局の考え方を用いてみていきましょう。
環境(地域の「環境」を守る・育む)
環境に配慮されたツーリズムは、サステナブルツーリズムの中でも特に特徴的なものです。ゴミを出さない、CO2をできるだけ出さない、使い捨てのアメニティを使用しないなど、滞在中の基本的な配慮もサステナブルツーリズムの取り組みに入ります。
さらにより観光や旅行の内容自体がサステイナブルであるものの例としては、海でのアクティビティとセットでビーチクリーンを行うもの、ツアーの中に植林を行う時間が設けられており、移動で排出したCO2を相殺するものなどが挙げられます。
文化(地域の「文化」を守る・育む)
文化財などの遺産に訪れることはもちろん、伝統工芸の体験や職人さんのお話を聞くことなどもサステナブルツーリズムの一環です。
また、特産物を使った料理を食べたり、滞在先が重要文化財のリノベーションの宿泊施設など、観光地を訪れる一般的な旅行計画の中にサステナブルな選択を組み込みながら、サステナブルツーリズムを少しずつ取り入れていくことも可能でしょう。
経済(地域の「経済」を守る・育む)
サステナブルツーリズムによって、その土地にさまざまな形で利益が分配され、色々な人に経済効果がもたらされることが重要です。
例えば、大手の全国チェーンホテルだけに多くの人が集まってしまうと、地域の民泊や旅館にお金が落ちなくなってしまいます。どのような企業を誘致するのか、補助金を出していくのかなどの行政や企業の取り組みもサステナブルツーリズムに貢献していくひとつの重要なポイントとなりますし、個人として観光や旅行のプランを立てるときに、こういった観点も少し考えてみると楽しみ方の幅が広がりそうですね。
サステナブルツーリズムのデメリット・注意点
サステナブルツーリズムに取り組む上で、認識しておきたいデメリットや注意点について解説していきます。
サステナブルツーリズムのデメリット
サステナブルツーリズムは現状の地球環境問題や地域の文化継承を考慮すると、基本的には取り組むべき事象ですが、事前に認識しておきたい課題があります。
大きなデメリットとして挙げられるのは、取り組みの方法によっては、コストがかかるという点です。先述したフィリピンのボラカイ島閉鎖の取り組みについては、その間の観光従事者に対する補助金や、整備にかかる費用、一時的な観光収入減などの多大なるコストがかかっています。
一方で、海の汚染を考えると、このコストをかけてでも取り組んだフィリピン政府への評価は高く、ジャパン・ツーリズム・アワードでは先進的な取り組みとして表彰されています。(参照元:ツーリズムEXPOジャパン)
また、地域文化や経済に配慮したサステナブルツーリズムを実現させるためにも、専門家を伴う調査や行政や地元住民組織との密なコミュニケーションの必要があります。ここにも人件費や各経費がかかってくるでしょう。
以上のように、コストがかかることがデメリットとして挙げられますが、今後の需要拡大を考えると、今から取り組み、投資として考えると回収できる可能性もあります。企業の方々は、補助金やCSR活動を活用することも検討してみてください。
国内での取り組み事例
それでは、日本においてはどのようなサステナブルツーリズムが行われているのか、地域の事例とともに解説していきます。
群馬県・みなかみ町
群馬県みなかみ町は、自然豊かな温泉地として発展していましたが、最盛期以降は観光客が減少し、衰退の危機にありました。
そこで、町おこしの一環として、ゴムボートで川を下る「ラフティング」事業の推進を図りました。若者を中心に人気が高まり、観光客数は回復しました。
そこではアウトドアで多くの人を誘致するだけでなく、ゴミ拾いなどを通じて地元住民との繋がりを大切にしつつ、環境学習やエコツーリズムを取り入れるなど、さまざまな形でサステナブルな観光を実現させようと取り組んでいます。
また、みなかみ町にある道の駅「たくみの里」では地域の伝統工芸に関わる職人と観光客を繋ぐことで、伝統工芸体験ができる場所が整えられており、文化継承や地元住民との関わり、観光客に対する地域の理解促進などの場となっています。
京都府
京都ではオーバーツーリズムが進み、混雑化による景観の変化や交通機関の麻痺などが地元住民の生活を脅かすほどになり、事態は深刻化していました。
これに対し、京都観光協会はいくつかの取り組みを行なっています。
まず、昼間だけに観光客が集中しないよう「朝観光」「夜観光」と打ち出し、早朝や夜に人を分散させる提案をしたり、「とっておきの京都」と称して隠れた名所を訪れることで京都を味わえるスポットを紹介し、有名スポットのみに人が集まらないような取り組みを行なっています。
また、AIを活用して観光快適度を5段階で表示し、サイトに公開するなどして、どういった時期や時間帯に人が集中するのかどうかを見える化しています。
すでに人が多く集まる、有名な観光地でも、よりサステナブルで快適な観光ができるよう、民間や行政の取り組みが重要となります。
徳島県・上勝町
ゼロウェイストタウンとして名高い徳島県の上勝町(かみかつちょう)。人口は1500人で、人口の半数以上は65歳という過疎地域であるため、観光の促進は地域創生の重要な鍵となります。
そんな上勝町では、ゴミのリサイクル率が80%を達成しています。そんなエコな町であることを強みとして、環境学習ができることや、環境に優しいプロダクトを押し出した観光が進んでいます。
例えば、地元住民の集まる場やリサイクル施設、宿泊や環境教育の機会を提供するゼロウェイストセンターや、廃棄食材を使用して醸造した 上勝ビールなど、地域資源を活かしつつ、サステナブルな観光資源が生み出されています。
岐阜県・白川郷
岐阜県にある白川郷はオランダのNPOグリーンデスティネーションが選出する「2020年のサステナブルな旅行先TOP100」に選ばれており、サステナブルツーリズムに対する高い評価を得ています。特に行政と民間企業、そして住民が一体感を持って取り組んでいる点が高く評価されることが特徴です。
これまで、オーバーツーリズムが問題視されていた点については、県をあげて白川郷までのシャトルバスの完全予約制及び、白川郷への入場有償化を実現させました。おもてなしや白川郷の風土を質高く伝えていくため、人を多く誘致することではなく、白川郷の魅力が本質的に体験できる観光に注力したことが、国際的に評価される結果を生み出しました。
また、自治体はものづくりを行う企業のサポートを手厚く行うことで、民間企業との連携や持続可能な観光への理解の促進を図りました。外国人に対応するためのガイドの育成や英語の販売ページの作成を行ったり、代金の支払いやカスタマーサポートを請け負い、観光客を受け入れつつ、ものづくり企業はものづくりとその継承に注力できる体制を整えました。
関わる人すべてが主体性を持ってサステナブルツーリズムを実現させているのが白川郷の強みです。
海外での取り組み事業
次に、海外におけるサステナブルツーリズムの事例をご紹介していきます。
フィンランド
フィンランドでは、フィンランド政府による独自のサステナブルツーリズムに関する制度を設けています。サステナブルツーリズムを促進する「サステナブル・トラベル・フィンランド・プログラム」をすべての観光事業者向けに提供し、プログラムに参加する企業や団体に対して「サステナブル・トラベル・フィンランド」として認証します。
プログラムは経済的、生態学的、社会的、文化的にサステナブルかどうかに焦点が当てられたもので、オンラインの講座などが用意されています。認証を取得するにはこのプログラム全課程を終了し、長期的な開発計画や観光地となる地域との連携や観光開発計画の作成など、7つの基準をクリアする必要があります。認証を取得すると、マーケティングなどのさまざまサポートを受けることができます。
政府主導、国全体でサステナブルツーリズムを推進する、最先端な取り組み事例です。
オーストラリア
豊かな自然に囲まれたオーストラリアでは、自然保護を中心としたサステナブルツーリズムが促進されています。いくつかの地域の事例をみていきましょう。
レディー・エリオット島はグレート・バリア・リーフの中でマンタとともに泳げる地域であり、観光地として発展するとともに、環境保全が求められています。
グランピング施設などの環境に配慮した宿泊施設を整備したり、アプリを通じてサンゴ礁の写真を研究者に共有することが可能で、海洋調査や保護活動の支援を行うことができます。
西オーストラリア州クールジャマンでは、オーストラリアの先住民族であるアボリジニの人々が生活しています。この地域では、アボリジニの価値観にのっとった宿泊施設や観光を楽しむことができます。
生活様式やアボリジニの人々を尊重した観光を通じて、本質的に現地の文化や生活を理解したり、アボリジニのガイドの方とともに地域を探索することで、暮らしや伝統を守ることに貢献していくことができます。
パラオ共和国
海と熱帯雨林の両方を持つパラオでは、ユニークな取り組みが行われています。
環境保護のために世界初のサメの保護区域を設けるなどの先進的な取り組みをはじめてきたパラオ共和国。サステナブルツーリズムをより促進するために、観光客は入国前からサステナブルツーリズムを意識することを余儀なくされます。
入国の際には「パラオ誓約書」と呼ばれるパラオの定めたサステナブルツーリズムに対する7つのチェックリストに署名を求められます。ここで誓約をした人に誓約が記載されたスタンプが押されます。
その誓約書の内容には、例えば「海洋生物に餌を与えないこと」「地元のビジネスやコミュニティをサポートすること」、「現地の文化や人について学ぶこと」などの項目があり、違反をすると罰金が課されることがあります。
また、1人あたりから100ドルの環境税を観光客から徴収しています。入国前から観光客にサステナブルな観光を行うことを強く意識してもらい、訪れるだけで環境税を通して貢献できるなど、確実なサステナブルツーリズムの実現に向けて取り組みがなされています。
サステナブルツーリズムの国際認証とは?
サステナブルツーリズムの国際認証には「GSTCクライテリア」という40個の基準が定められています。基準すべてを満たす必要はありませんが、基準に沿った取り組みを行なっている必要があります。
40個の基準には観光資源の保護や気候変動の適応などの環境保全をうたったものから、ユニバーサルデザインなどの多様な人が観光に触れることができるような取り組みも含まれています。これらの基準をもとに、世界持続可能観光協議会が認証を行います。
日本においては、NPO法人日本エコツーリズムセンターがこの国際認証を得るためのセミナー等を全国で開催し、日本の観光地が国際認証を取得できるようサポートしています。
まとめ
いかがでしたか。今やサステナブルツーリズムは急務の必須事項となってきており、行政や企業の取り組みだけでなく、実際に観光地を訪れる私たち個人の意識も重要な役割を担っています。
これからも、美しい景色や文化体験をしていくために、より地球や人々の暮らしに配慮された選択をしていくことが大切です。みなさんも、次の旅行計画では、ぜひ新しい旅行の味わい方として取り入れてみてくださいね。
<ライタープロフィール>
大野 雛子
フィリピンの雇用を生み出すはちみつ屋さん、Island Honey Works(株)代表。大学時代にフィリピンの貧困に触れたことをきっかけに、社会の不平等や不均衡に関心を持つ。フィリピン現地のサステナブルツーリズムを掲げる旅行会社に勤務後、複業として編集や広報にも携わりながら、株式会社ボーダレス・ジャパンのボーダレスグループとしてIsland Honey Works inc. の代表を務め、現在フィリピンで暮らしています。
Twitter@pinako0323
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